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義の心

<だるまの教育放談⑨> 
教育で教えなければならないこと(その9)                  2012年7月

「義の心」
1983年7月中旬、私はマニラに着き、同期10人と協力隊の現地語学訓練を受けていました。
その1ヵ月後、マニラ空港でベニグノ・アキノ大統領候補(現在のベニグノ・アキノ大統領の父親、通称はニノイ)が、機内からタラップに足をかけたとたんに暗殺されました。

当時のマルコス独裁政権はケネディー大統領暗殺事件をまねて、共産主義者に空港内を走らせて射殺し、彼をフィリピンのオズワルドに仕立てました。
その後、真相究明委員会を立ち上げ、国民をだまそうと試みました。

しかし、機内でニノイの隣に座っていた日本人カメラマンは軍人に銃を突き付けられながらも、すきを見てその様子をテープに録音していました。
それが後日、日本のお昼のワイドショーで連日放送され、その番組の録画がフィリピン中に広まることになりました。
その影響で、反マルコス運動がフィリピン全土に広がって行きました。

1986年2月、マルコスとニノイの奥さんのコーラソン・アキノ(通称;コーリー)が争った大統領選挙が実施されました。
結果はコーリーの圧勝でしたが、マルコスは不正をして勝利宣言を出しました。
すると、エンリレ国防省とラモス参謀長はマルコスに反旗を翻しアギナルド空軍基地に籠城しました。

カトリックのシン枢機卿がラジオを通じてフィリピン民衆に訴え、エドサ通りに集結するように指示しました。
100万人を超える民衆が武器を持たずに集結したのです。(ピープルズパワー、または、エドサ革命)
ちょうどそのころ、私は協力隊の任期を終え、商売をするために再度マニラに渡っていました。

デモの鎮圧のためにマルコスは戦車や装甲車を出動させましたが、発砲事件は全く聞きませんでした。
私は不思議に思って、デモの先頭まで人をかき分け見に行くことにしました。

すると、デモ隊と対峙する装甲車の前で見たものは、デモの最前列で膝を地面につけ、一列にずらっと並んだ修道女の祈る姿でした。

それを目の当たりにした私は悟りました。

「世の中には、自分がされて嫌なことを他人にしたり言ったりする、悪というものが存在する。
その様な悪に挑戦する心が義(正義)の心である。義の心がないと世の中は決して良くはならない。」

それ以来、ずっと義の心を抱いて、自分にできる範囲内で世の中の不条理な部分と戦っています。
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