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三国志
漸く、高校、大学の入学試験が終了し、来週からの春休みにあたり、三者懇談会を実施しているところです。
1年間の成果を三者で確認し、結果と原因をチェックしています。
釈迦の言葉で「因果倶時」(原因と結果は必ず一致するというものです。)がありますが、正にその通りです。
最近の学力低下の原因の一つに、国語力の低下があげられます。
つまり、中学生で学力の低い生徒は、小学校で習う漢字がほとんど読めません。
よって、中学校で読書の時間を設けても、漢字が読めないのでその部分を飛ばして読むので内容が全くわからないのです。 ⇒わからないから、勉強は面白くなくなり、嫌いになってしまうと思います。
日本語がきちんと読めないと、作文もかけないし、思っていることをうまく話せません。
そうなると、社会に出ても責任ある仕事は任せてもらえないかもしれません。
今は勉強が嫌いで成績が悪くても、漢字力がついていれば、大人になってから、本当に勉強しようと思ったときにすることができますが、漢字を読めない書けない人は、その可能性が狭められます。
そういう話をして、A君に昨年の懇談会で講談社の「三国志」(これはほとんどの漢字に読み仮名がついている)を貸したのですが、1年を経過しても半分しか読んでいませんでした。
ん〜、コマツタ、コマツタ。
億劫がらずに、わからない漢字は漢和辞典で調べる習慣をつけるように話した上で、yahoo動画の三国志を見ることを薦めました。
中学生には中学を卒業したらどうするのか?高校卒業後はどうするのか? どのような仕事について生活していくのかを時々考えて欲しいと思います。
そして、生きて死ぬまでの人生を志を持って生きてくれたらいいな、と思っています。
その参考になるかとも思いますので、是非一度「三国志」をご覧下さい。(2009年9月18日まで無料で見ることができます。)
以下のアドレスをURLに貼り付けてチェックしてください。 http://streaming.yahoo.co.jp/playlist-qvQQwTO_Fwgkt.Oqli9A9_69b3HQvg--?myp0=list&myp1=lid576460752303947150
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社会の仕組みづくり(1)
2時間かけて姫路の兵庫県OB会のイベントに参加してきました。
マレーシアのOGのSさん;
彼女の任地の写真を見ていると、横からいろいろと解説してくれました。
彼女は少年院の教官をした後に、マレーシアの青少年活動で協力隊に参加されました。
現地では、障害者問題やごみ問題に取り組んだそうです。
海上で暮らす人たちがペットボトルを廃棄するので海面はごみで埋まっていました。
村の結婚式はとてもゴージャスでした。ご飯の部屋があって、バナナの皮の上にご飯がてんこ盛り。軽く100人分それ以上はありました。 村人の誰が来ても良いそうです。
また、大きな駅の前では障害者が一列に並び、足マッサージをして金銭を得ていました。
自立支援のすばらしい方法だと思いました。
私はマレーシアのお隣のフィリピンに配属されていたのですが、それとは全く違う光景がありました。
しかし、多くのOBOGと話して感じる共通点は、途上国の子ども達は実にたくましく生きていると言うことです。
彼らには他人の助けがなくても、生き抜くパワーを感じますが、今の日本の子どもたちは、依存心が強くて、親や学校の先生やその他の大人たちがズーと面倒を見てくれると錯覚しているのではないかと思います。
途上国の市民と暮らした2年間は、人生の貴重な時間であり、その体験から学んできたものは計り知れないものがあります。
OBOGたちのその学びをつなぎ合わせていくと、日本社会が失ってしまった本当の幸せが見えてくるのではないか、と考えています。
これから、社会を良くする仕組みづくりを考え、行動に移したいと思っています。
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笑った者勝ちだぞ!
「笑った者勝ちだぞ!」
これは、四国リーグ・カマタマーレ讃岐の車いすの監督、羽中田 昌 監督が選手に向かって よく言う言葉です。
彼は、サッカーの名門、菲埼高校の元エース。2年連続全国大会準優勝の経験があります。
しかし、高校を卒業してすぐに、バイク事故で下半身不随になってしまいました。
リハビリや針治療などあらゆる努力をしましたが、車いすの生活を決心すると、猛勉強をして 県庁職員に採用されました。
しかし、数年後、テレビでJリーグの開幕を目にすると、「同期の連中が活躍する中、どうして俺が ここにいないんだ。」という思いが沸いてきて、どうしてもサッカーに関わりたいという思いを強くした そうです。
それから、9年間勤めた安定した公務員を辞め、監督になる夢を抱いて、スペイン・バルセロナに 渡りました。
そこで、5年間、サッカーのコーチングをしっかりと学び、ついに、念願の日本国内最高ランク「S級 ライセンス」を取得しました。
これは、日本代表監督にもなれる凄いものです。
こうして、2007年、史上初の車いすのサッカー監督が誕生したのです。
彼は、選手がミスをしたら笑えと言います。
落ち込んでいたら、さらにミスを重ねるからだそうです。(ごもっとも)
逆境にあるとき、悔やんでもどうすることもできないとき、彼は笑って乗り越えてきたのでしょう。
この言葉を、当塾の2月のテーマとしました。
しかし、彼の奥さんの言葉はもっと凄いのかもしれません。
彼曰く、「自分がここまで来れたのは妻の励ましの言葉があったからです。」と。
それは、「あきらめない限り、夢は絶対に逃げていかない!」
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ワン・ワールド・フェスティバル
12月20日(土)、21日(日)の2日間、「上六」より南へ歩5分のところにある大阪国際交流センターにて、恒例のワン・ワールド・フェスティバルが開催されました。
<1日目> 12時まで授業をして、OBOG会の忘年会の場所確認の後、交流センターへ向かいました。
前回までが2月開催だったので、今回は暖かく感じました。
参加者は前よりは少し少ない気はしますが、それでも賑わっていました。
オイスカの事務局長Kさんよりパーティーの準備のSOSを受けていたので、その研修生のパプアニューギニア人たちとOBのSさんと一緒に近くのディスカウントショップに買出しに行きました。
・「キャンドルの交流パーティー」(3階、銀杏の間)
5時半、開演:Kさんの司会の下、スタート。乾杯の音頭を頼まれました。
「アムネスティはロンドンの弁護士がたった一人で始めた運動です。
当時、軍事政権下にあったポルトガルのパブで、2人の学生が「自由に乾杯!」と言っただけで逮捕され、投獄されました。
その記事を読んだ弁護士が、いつまでこんなことが続くのだと嘆き、その思いを新聞広告として掲載しました。
すると、欧米各地で反響があり、有志が集まってアムネスティ・インターナショナルが発足しました。
現在は、約140カ国以上に約220万人の会員を擁する世界最大の人権擁護団体となりました。
日本は自由な国です。
しかし、世界にはそうではない国がいくつもあります。
その中で苦しんでいる人たちにも思いを寄せながら、世界の平和のために、そして、『自由に乾杯!』」
その後、自由に会食をして、皆で「この広い野原いっぱい」を肩を組みながら合唱しました。
団体紹介の時間となり、OBOG8名がそれぞれの職種と派遣国を紹介ました。
最後に、「ニジェールの空手隊員が現在はオカリナ奏者、フィリピンの水産隊員が現在はスイスの公文の学校で先生をしています。」と言うと驚きの声があがりました。
その後、各OBOGの下へ多くの若者たちが集まってくれました。
・忘年会 パーティーを途中退席して、18時半から近場でOBOG会の忘年会を開催しました。
イギリスに派遣中のHyさん、スイスから私の同期のZちゃん、同じくスイスからKさんが彼女を連れて参加してくれました。
スイスのKさんにはOBOG会のスイス支部長、イギリスのHyさんにはイギリス支部長になって頂きました。
総勢16名の参加でした。
<2日目> ・JICAブース
この日は、午前中はJICAブースでの協力隊希望者の応対が私の役割。
若者がたいてい一人でこのブースの近辺をうろうろしている場合、協力隊の希望者が多いです。
「協力隊の募集要項がありますけれど、要りますか?」と声をかけると100パーセント「はい、ください。」と返ってきます。
ワン・ワールドに来る若者は、国際協力に大きな関心を持っているな、 協力隊に向いているなと感じました。
その手ごたえを感じたので、その仕組みづくりをしていきたいです。
・民族料理模擬店
OBOG会では毎回、模擬店を出展しています。
今回はセネガルのファタイヤ(アジのすり身の揚げ餃子)、中国のシャンラーロース(豚肉の細切り、中国パセリ、鷹の爪の千切りなど)などを作って販売しました。
午後からはこちらの方のお手伝いに廻りました。
・ドーナツの大爆発
結構いい調子で売れていました。
揚げ餃子も売りきれたので、餃子の皮の生地でドーナツを作って食べようと言うことになり、私が揚げていました。
すると突然、ボンという破裂音と共に、ドーナツが空中高く舞い、お手伝いに来ていた高3のM君の首筋に、もう一つは、西村知美にそっくりのFさんの頭の上に落下しました。
私の手や顔や服にも油が飛んできました。
とっさに火を消したものの、2次爆発、3次爆発の気配あり。
皆に非難してもらいました。
Hさんがてんぷらなべを机の下に移動してくれました。
しかし、しばらくして、ボンと炸裂。周りに油が・・・
蓋をしてもらったのですが、しばらくして、ボンと蓋まで吹き飛ばす勢いです。
油の温度と共にドーナツの温度が下がったために、漸く災害はおさまりました。
そうこうしているうちに閉店の時間となり、店じまいをしました。
OBOGは手際がいいですね。あっという間に片付いてしまいます。
その後、8名で近場に打ち上げに行きました。
・ワン・ワールド・フェスティバル(OBOG会の打ち上げ)
このようなイベントをすることによって、新たなOBOGに出会えることはとてもうれしいです。
やる気と実行力のある人間と出会えるからです。
セネガルに稲作隊員で行っていたNさん、彼は考古学の専門家でもあります。
仏教と神道の融合、つまり、お寺の中に神社が、または、その逆がありますが、その辺のところを詳しく話していただけるとのこと。
長年、疑問に思っていることが彼のお陰で自分の中で解決できそうです。
秋には、飛鳥の古墳群をサイクリングで廻る企画をこれから進めてもらいます。
・近畿圏での応募促進
春には、兵庫県OB会のWさんが六甲登山の企画を進めてくれます。
春募集、秋募集の応募促進事業と春・秋のイベントをマッチできないものかと閃きました。
23日の近畿ブロック会議に提案したいと考えています。
今回もハッピーな気分で無事終了することができました。
皆様に感謝。
合掌
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高認、合格おめでとう!
中学時代はやらされる勉強をしていたAくん、そんな彼が夏休みの終わりに保護者と一緒に塾に相談にやって来ました。
私の元を昨年の春に巣立って、無事に高校の総合学科に進学したのですが、高1の夏休み前に、学校の授業が全くわからなくなり、また、学校も面白くなくなり、退学してしまいました。
その後、アルバイトをして、バイクを買って乗り回したりしていたのですが、約1年間、その様な生活を続けていて、とても不安な気持ちになってきたそうです。
同級生たちは、高2生になり、来年は高3、そして、大学や専門学校へ進学するのに、自分はこのままでよいのだろうか?
自分は10年後、20年後もこのままなのだろうか?
ということを、彼は夏休みにしっかりと時間をかけて考えました。
そして、高校卒業認定試験を受けたいので指導して欲しい、と私に救いを求めてきたのです。
高認の専門塾ではないので、また、宿題を全くしない子だったので、しばらく熟慮した私は、「毎日3時間、月〜土までするなら何とか面倒を見ましょう。」と言いました。
9月1日から毎日、A君は来て、一生懸命に勉強しました。 今までのやらされる勉強ではありません。 集中力は大した物です。
それから11月の半ばに高認の試験がありました。 2年計画で考えていたのですが、つい先日、合格通知が彼の元へ届きました。
わずか2ヵ月半で、それも一発合格です。8教科全部、合格しました。
高認に合格することが目的だったので、今後どうするのかを聞いてみると、大学に行きたいと言います。
それも国公立大に行きたいと言うのです。 それはもっともっともっと厳しい道です。 しかし、その志があるならば、協力は惜しみません。
富士登山のように、足元を見て、一歩一歩着実に足を運んでいこう。 休むことなく、止まることなく。
Aくん、高校卒業認定試験、合格おめでとう!
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